LOGIN「なんなのよ、あの男どもは!?」
いつもは人を食ったような態度で余裕綽綽のウェルシェが、らしくなくウガァーッと喚き散らした。その叫び声にカミラはそっとため息を漏らす。
「私は面白おかしく学園生活を送りたいだけなのに!」
ウェルシェがマルトニア学園に通うようになって三ヶ月が過ぎた。
学園生活の出だしは上々。優秀なウェルシェにとって、学業関係や学園行事を卒なくこなすのは造作もない。お得意の猫かぶりで問題なく気の合う友人も作れた。
そう、全ては順風満帆……のはずだったのだが、一つだけウェルシェに誤算があった。
「どうして、言い寄る男が絶えないのよ!」
つまり、エーリックの危惧していた通りになってしまったのだ。
と言っても別にウェルシェが他の男に惚れたわけではない。周りの男どもがウェルシェにアプローチをかけてきたのだ。
「だいたい、私には既に婚約者がいるのに」
「入学式でのお嬢様の噂は私の耳にも届いておりますよ」
暴れるウェルシェを横目に、お茶を完璧に注ぎながらカミラは呆れた。
「全校生徒、全職員のハートを奪ったそうじゃありませんか」
入学早々、ウェルシェは学園の話題を一人で掻っ攫った。
新入生に儚げな妖精のごとき絶世の美少女が入ってきたと……
優しげでふんわりした
「お嬢様はやり過ぎたんですよ」
「それでも婚約者のいる私に粉をかけてくるなんて思わないじゃない」
「お嬢様はもっとご自分の魅力を理解してください」
「ちゃんと理解しているわよ。他の令嬢より家柄も魔力も高く優秀で可愛いでしょ?」
ウェルシェは人差し指を両頬に当ててポーズを取った。中々あざとカワイイ。こんな言動を他の者が聞けば、自己評価の高いいけ好かない女だと思われるだろう。
だが、カミラの意見は真逆だった。
あまりに自己評価が低過ぎる、と……
「いいですか、お嬢様はダントツに家柄が良く、ぶっちぎりに優秀で、誰もが羨望の眼差しを向ける絶世の美少女なんですよ」
「それは言い過ぎよ」
まさか、とウェルシェはケタケタ笑って取り合わない。そんな主人にカミラは何度でもため息を
「それに私の婚約者はエーリック様よ」
それを知ってウェルシェに言い寄ってくるのは王家を蔑ろにする行為だ。とても正気ではないとウェルシェは思う。
「そこに問題があるのです」
だが、カミラは意見を異にしていた。
「お嬢様はぶっちぎりの優秀な成績で特別クラスに編入されております」
「えへへ、凄いでしょ♪」
「ええ、お嬢様は凄いです……が、エーリック殿下は落ちこぼれクラスですよね?」
「まあ、そうね」
「ですから、お嬢様と釣り合いの取れないぽやっとした王子相手なら掠奪できると思われてしまったのでしょう」
「私の婚約者に失礼ね!」
ウェルシェは自分の婚約者をディスられて机をバンバン叩いて猛抗議。
「いまいち頼りなくって王子のオーラまったく無い男爵令息と言われても納得しそうな方だなんて」
「いえ、私はそこまで申してはおりませんよ?」
「要領が悪くて、優柔不断で、私の前でカッコつけようとしても決まらない情けないとこばっかだけど、エーリック様はこの国の王子。あれでも王子様なのよ!」
「お嬢様が一番ディスってませんか?」
「とにかく私はエーリック様と結婚するの!」
ウェルシェはぐっと握った拳を天に突き出す。
「グロラッハ家の利益の為に!」
どこまでも恋愛に残念な自分の主人にため息が漏れた。
「でもまあ、そんなお嬢様のゲス可愛いところも私は好きですよ」
「酷ッ!?」
侍女にあるまじき発言にウェルシェは頬を膨らませた。
(そんな可愛い姿を見せるから男を惑わせるのですけど……)
ウェルシェは絶世の美貌の中に少女のような愛らしさを内包している。そんな自分の魅力が、男たちを悩殺しているのだと彼女はまったく気がついていない。
「まあいいわ、片っ端から告白を断ってやれば、そのうち諦めるでしょ」
「……だといいですね」
ウェルシェの甘い希望的観測にカミラは言葉を濁した。
(むしろ、もっと悪化するんじゃないんですかね?)
エーリック殿下も気の毒にと、カミラは再びため息を
「ぜんっぜん上手くいってないじゃないのよぉ!」一人になると、アイリスは盛大に悪態をついた。「せっかく好みのイケメンがいっぱいいる『あな嫁』の世界に転生したのに!」アイリスは転生者である。彼女には日本人だった前世の記憶があった。前世もそこそこ可愛い容姿だったので、大学時代はオタサーに入って男子にちやほやされていた。だが、調子に乗って色目を使いまくって、男達に貢がせまくっていたのがいけなかった。痴情のもつれで刺し殺されてしまったのである。まさに自業自得、因果応報、身から出た錆。アイリスは知らないが、葬式では知人女性達からザマァと舌を出す者は多くいたが、涙を流す者は一人もいなかった。まったくもって一片の同情の余地なし。ところが何の因果か、前世で遊んでいた乙女ゲーム『あなたのお嫁さんになりたいです』とそっくりな世界に転生したのである。「前世はちょぉっと失敗しちゃったけどぉ……」アイリスはクルッと一回転すると、制服のスカートがふわりと飜る。「こ〜んな可愛いヒロインに転生できたんだからプラマイゼロよね」大きな瞳の可愛い容姿にスレンダーな身体。アイリスはヒロインと呼ぶに相応しい愛らしさだ。「神様が私を憐れんで再び与えてくれたこのチャンス、ぜぇったい物にするんだから」前世でやらかしてもなおめげないアイリスのド腐れ根性は呆れを通り越して感心すらする。「だけど問題はあの悪役令嬢どもよ」ヒロイン転生したと知ったアイリスは憧れの制服に身を包み、ウキウキ気分でマルトニア学園の門をくぐった。&nb
初夏の麦畑のような黄金色に揺れる髪。「アイリス……」少年の曇りなき夏空のように鮮やかな青い瞳が、優しく小柄な美しい少女を見つめた。すらりと細い体躯だが、少年には誰もがひれ伏す威厳がある。それもそのはず、彼はこの国の第一王子オーウェンなのだから。「君は俺が守る」しかし、少女へかけた声に威圧感はなく、むしろ慈しむようにとても甘い。微笑むオーウェンは手を伸ばした。その手が触れたのは、麗らかな春の陽射しを浴びたスリズィエの花びらのような薄桃色の髪。「オーウェン様……」少女は春の空の如き水色の瞳を潤ませ、オーウェンの胸にしなだれた。「でも、イーリヤ様をまた怒らせちゃったら私……」「大丈夫だ」オーウェンは愛しい恋人の腰に腕を回す。マルトニア学園三大美少女に数えられるスリズィエの色をした少女――アイリスの身体は細く、抱き締めれば簡単に折れるのではないかと思えるほど華奢だ。「何も心配はいらない」そんな頼りない身体も、愛らしい顔もオーウェンの庇護欲を誘う。「俺達がきっとアイリスを守るから」「でもでも、イーリヤ様は王妃様が決めたオーウェン様の婚約者だよ」「あんな奴!……母上は騙されているんだ」アイリスの憂いにオーウェンは顔をしかめた。「イーリヤの如き悪辣な女に王妃は務まらん」オーウェンの語気が荒く
「殿下はいったいどうしちまったんだ?」エーリックの私室を後にしたセルランは唖然として呟いた。「今日は堂々としすぎだし、何より冴えすぎじゃねぇか!?」いつもぽやっとしてた我が主はどこへ行った?「言葉を慎めセルラン」敬愛する主に対する同僚の失言に、ムッとしてスレインが咎めた。「エル様はもとより優秀なお方だ」「いや、殿下がそれなりにデキるのは俺も知ってるが……」「それに寛大で篤実も付け加えろ」この夢見がち主従が、とセルランは内心で毒づく。どうにもエーリックとスレインはぽやぽやしているとセルランは気が気じゃない。普通なら王位継承権第二位の座にいるエーリックはいつ謀略で潰されてもおかしくないのだ。(この国の王家の内情はあり得ないくらい清廉なんだよなぁ)エーリックもエレオノーラも王位に興味がなく、それを知っているオルメリアは彼らを擁護している。オーウェンにしても正義感が強く謀略など好まない。そんな王家の絶妙なパワーバランスがエーリックを生かしているとセルランは理解していた。(だっけど、富と権力を欲する貴族どもがどう動くか分かんねぇ)だが、セギュル夫人の例があるように、貴族達の思惑はそれぞれだ。シキン伯爵家が例外で、王家への忠誠より自分達の利権や保身を優先する者の方が多い。(だから、王妃殿下は俺をエーリック殿下につけたわけだけど)実は、セルランはオルメリアによって派遣されたエーリックの腹心兼護衛であった。もっとも、エーリック本人にも知らされていない事
「エル様、お帰りなさいませ」グロラッハの屋敷から帰宅したエーリックを迎えたのは燃えるような赤髪の少年であった。「ただいまスレイン」彼はエーリックの乳兄弟であり、今は腹心となっているスレイン・ウォードである。エーリックを愛称の『エル』と呼ぶのを許された唯一の腹心だ。「思ったより早かったじゃん」エーリックのもう一人の側近である黒髪の青年が、気怠そうな茶色の瞳をチラリとエーリックに向けた。主人相手にも粗雑な物言いをする彼の名はセルラン・セールズ。「殿下の事だから姫さんとこ行ったら、しばらく帰らねぇと思ってたんだがなぁ」ソファにだらしなく腰掛け、とても主人に対する態度ではない。が、エーリックもスレインも諦めて咎めはしない。エーリックがセルランの対面に腰を下すと、スレインが手際良くお茶を用意した。「それで、妖精の姫さんは何の御用だったんで?」エーリックが一口お茶を飲んでティーカップをソーサーに戻すのを待って、セルランが話を切り出した。「それなんだけど……」エーリックは信頼する腹心達にウェルシェがストーカーに狙われているのだと説明した。「なるほど、ウェルシェ様にそのような危機が」「すっげえベッピンさんだもんなぁ。そりゃ狙ってる男の一人や二人いるわなぁ」「だが、王妃殿下よりエル様の婚約には不可侵の下知が言い渡されているはずですが……」「ストーカー野郎なんて異常者だから常識は通用しねぇさ」「セルラン、少しは真面目に考えろ」「オレぁいたって
「くちゅん!」エーリックを茫然と見送っていたウェルシェは、小さな可愛いくしゃみをしてブルッと身体を震わせた。「どうぞ、お茶でもお召し上がって冷えた体を暖めてください」それを見透かしていたかのように、四阿のテーブルにカミラがタイミングよく熱いお茶を用意していた。「ありがとう」湯気の立つティーカップを両手で持つと、氷のように冷たくなったウェルシェの手に熱が伝わってくる。ウェルシェはふーふーと息を吹き掛けてから熱いお茶を一口すすった。熱が食道を通って冷えた身体の芯にじんわりと広がっていくのが分かる。「呆気に取られて危うく凍死するところだったわ」「まったく何をやっているんですか」「ちょっと油断しただけよ」呆れ声のカミラを睨んでウェルシェは口を尖らせた。「お嬢様もよくやりますよねぇ」カミラは空になったティーカップに新たなお茶を注ぐ。「ふふ、迫真の演技だったでしょ」二杯目のお茶に口を付けていたウェルシェは自慢げにカミラを見上げた。「青ざめた表情を作る為に魔術で循環血液の温度を下げるなんて……一歩間違えば死にますよ?」先ほどの怯えた様子はもちろん演技である。しかも、よりリアリティを持たせるため、体温まで下げる徹底ぶり。「フツーこんな事に命かけませんよね?」ウェルシェは炎熱魔術と氷結魔術を複合、応用し体温を自在にコントロールできるのだ。これには0.1度単位の緻密な温度管理が必須で、ウェルシェの繊細な魔力コントロールあっての魔術である。
「ウェルシェ!」すぐに来て欲しいとのウェルシェからの手紙に、エーリックは取る物も取りあえずグロラッハ家へと急行した。そこで彼の目に入ったのは最愛の婚約者の怯える姿。「ああ、エーリック様……私……とても怖いですわ」その美しい顔貌を恐怖に引きつらせ、ウェルシェは真っ青になってエーリックに訴えた。穢れなき雪の如き真っ白な肌から可哀想なほど血の気が引いている。「いったいどうしたの?」エーリックは慌てて今にも倒れそうな最愛の婚約者に駆け寄り、両手でウェルシェを支えるように肩を抱き留めた。(つ、冷たい!?)その瞬間、手に伝わってきた体温の低さにエーリックはびっくりした。ウェルシェの肩が氷のように冷えていたのだ。「うっ、うっ、私……ヒック……私……グスッ……どうしたら良いか……」しかも、ハラハラと涙を流し嗚咽を漏らしているではないか。「大丈夫、僕がついているよ。何があったんだい?」「そ、それが……ここ最近、誰かにつけ回されているみたいなんです」「なんだって!?」エーリックは目を大きく見開き驚いた。「僕らの婚約は王妃様からの後ろ盾もあるというのに!」オルメリアの裁定後、ウェルシェの周辺から不埒者の姿は消えて久しい。だが、喉元過ぎれば熱さを忘れるもので、また不心得者が出たのかとエーリックは眉間
「もちろん、エーリック様をお慕いしておりますわ」ウェルシェは自信満々で(のもたらしてくれる富)と副音声に入れた。嘘は言っていない。「ふふふ、今のは嘘くさぁい」「もう!」「ごめん、ごめん」プイッとウェルシェはむくれてそっぽを向く。キャロルが笑いながら謝罪すると、ウェルシェは横を向いたまま横目で彼女をチラッと見るとため息をついた。「キャロル、私
「ウェルシェは押しに弱そうなだからねぇ」キャロルの指摘にウェルシェはちょっと複雑な気分だった。擬態を解けば男共をあしらうのは訳ない。(だけど、今の私のイメージでは強く出られないしなぁ)エーリックの好みを演出する為のイメージ作りが仇となっている。それはウェルシェ自身も理解はしていた。だが、こればっかりはどうにもならない。「それにウェルシェを強引に口説こうとしている筆頭はオーウェン殿下の側近だし」「ケヴ
「お申し出は嬉しいのですが……」ウェルシェがたおやかに微笑むと目の前の貴族令息は息を飲んだ。あまりに幻想的な妖精の笑貌で、見惚れて言葉を失ったようである。「私には婚約者がおりますの。もう声をかけるのはお止めくださいませ」だが、その愛らしい口から紡がれたのは辛辣な拒絶の言葉。「ま、待ってくれ。あんな婚約者よりも俺の方がよっぽど……」「あんな?」慌てた
――マルトニア学園入学式の日校門から校舎へと続く道にスリズィエの花びらが舞う。奥へと更に奥へと進めば、入学式が執り行われている大講堂へと続く。その中には今年入学する新入生とその保護者が集まっていた。「新入生代表ウェルシェ・グロラッハ」式が進行していく中で、一人の少女の名前が呼ばれた。「はい」凛とした声が講堂の中に響いた。